ちわ。
違う。
こんばんにゃ。
もう夜だ。
今日は神戸に行く予定だったけども腰が重く、京都に行こうかと思ったけども結局は大阪城公園に向かった。
いつだってどこに撮影に行くか迷った時は大阪城公園に行くことが多い。
そのため大阪城公園で撮った写真は腐るほどあるわけだけど、それでも今も大阪城公園に行ってしまいます。
同じところ撮影しても季節が変われば、時間が違えば、また平日か休日か、またはフォーマットが違えば別の写真である。
他の人がどう思ってるか知らんけど自分はそう思ってる。
他人のことは知らん。
で、今日もてくてく大阪城公園から谷町筋を南に下って生魂神社、四天王寺、なんばというコースを歩き、JRのなんばから電車に乗って家に帰った。
コロナに感染しての後遺症の影響もあってか以前のように一日長い時間を歩き回ることが億劫になってきてしまった。
今日は特に寝不足も重なってちょっと疲れやすかったな。
深夜に蚊が耳元を飛び回るものだから眠れなかったのですなぁ。
さて、今日は写真とは ロックンロールであるというタイトルで。
写真とは ロックンロール!!
以前からよく写真てロックンロールだなって考えることがあった。
今でもそう思ってる。
今のロックミュージシャンの多くは音楽学校で学んでる人も多いから今のロックンロールには当てはまらないかもしれないけども、昔のロックミュージシャンって正式な音楽教育を受けてない人も多かったのですなぁ。
そんなミュージシャンが集まってバンドを作って音楽活動。
そして彼らの作った音楽は世界中の若者に受け入れられて、新しい文化を作り社会的にも影響を与えていった歴史があるわけですなぁ。
譜面が読めない人も多いし、音楽理論もよくわかってなかったり。
そんな彼らの音楽が世の中に大きな影響を与えるという。
なんかすごいですね。
正式な音楽教育を受けてない彼らの音楽を聞いて「俺でもできるんと違うの?」と勘違いし、多くの若者はロックミュージシャンに憧れるわけです。
新しく生まれたロックミュージシャンの中には歴史を作る人もいれば、誰からも相手にされず消えて行く人達もいるわけですなぁ。
ミュージシャンなので楽器と楽曲で世界と対峙するわけです。
こういうところって写真と似てるなぁって思った。
「俺でもできるんと違うの?」という勘違いから写真を始めてから、幸せになる人もいれば人生が狂ってしまう人もいると思います。
本当は誰でもできないんですけどな。
写真はカメラさえあれば誰でも写真は撮れるけども、誰でも思っような結果を得られるわけではなく。
コンパクトカメラ一つで世界と対峙する森山大道の写真を知って「俺でもできるんでは?」って思って写真を始める人も多いと思います。
昔はビートルズやローリング・ストーンズの音楽を聞いて「俺でもできるんでは?」と思い込んでエレキギター買ってギターを始めた人も多いわけですが、彼らと同じようなことできるかというとできないわけですなぁ。
写真とかロックンロールってシンプルなわけで、シンプルな事って本当は難しいのですな。
シンプルがゆえ簡単に真似できてもそれは真似であって、ビートルズにしても森山大道にしても時代を作った人って常識を覆すようなことをしてるわけで、誰でも彼らのようにはなれません。
「俺でもできるんでは?」と多くの若者を勘違いさせることはあっても。
エレキギターとギターアンプを買ってじゃ~んって弾けばロックミュージックを始めることができる。
クラシック音楽のように卓越した楽器を演奏する技術がなくても。
写真もカメラを買って写真を撮り始めたらもう写真を始めることができるし、何年も撮らなくても写真家と名乗る人もいるくらいだし。
今ではカメラがよくなってるのでカメラが露出もピントも合わせてくれるので特に卓越した撮影の技術がなくても撮れちゃいますからね。
画家のような卓越した技術がなくてもカメラでイメージの収集はできるわけです。
シンプルでだれでも始められて、それでいて勘違いさせてくれるわけで、そのあたりが写真とロックって似てるなぁって思ってみたり。
ロックミュージシャンは楽器を使うけども写真はカメラを使う。
道具が象徴的な部分もなんかよく似てますよね。
自分は昔ギターを弾いてたのだけども、学校から帰って部屋でローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリンの曲をかけながらろくに弾けないギターを掻き鳴らして時のあの感覚って、今写真を撮ってる自分のやってる事とリンクするのですなぁ。
他の人達がどういう感覚で写真を撮ってるかしらんけど。
シンプルなロックってハイになりやすいですね。
それと同じで自分の場合は街を歩いたり、公園を歩いてシンプルに写真をパシャパシャ撮ってるとハイになってきます。
ノリノリになって撮ることはないですが。
ハイになって自分が消えてなくなる感覚ってなかなか心地の良いもので。
まぁ、あれかな、酒は何年も前に辞めてしまったけども、写真を撮ることで酔を求めてるのかもしれませんね。
「写真とは ロックンロール」というタイトルでウダウダと書いてみました。
正直どうでもいい話です。
適当な事を書いちゃいましたね。
Chuck Berry – Johnny B. Goode (Live 1958)
でもスピリットですよ、ロックって。
うまく説明できないけども、「気」のようなものなのかな。
物質として存在しない「気」のようなものだから説明できなくて当然だと思うけども。
街をうろうろ歩いて写真撮りながらこんな事考えて写真撮ったりしてる。
今日は大阪市内で初めて個展をしたギャラリー(今はない)の近くまで足を運んだ事もあって、昔の事思い出したりしてなんか懐かしい気持ちになったり、知らず知らずの内に時間ばかり過ぎてしまっていることに気がつき、浦島太郎のような気持ちになった。
ほんと知らず知らずの内に死をリアルに考えられる年頃になってしまいました。
今日も懲りずにスクエアで撮影しました。
今日撮ったものの中から、人が写ってるカットばかり集めてみました。
多分明日も雨さえ降ってなかったらスクエアでどこかで写真撮ってると思う。
明日元気だったら多分またブログを更新します。
多分。
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