
写真とは 記憶
こんばんにゃ。
今日もブログの更新です。
いやー眠い眠い。
秋は眠いな。
さて、 写真と記憶と言うキーワードをたまに目にしますが。
森山大道さんなんかがよく記憶というワードを使ってましたね。
かれこれ20年近く写真を撮ってますが、「記憶」 というキーワードを意識して写真を撮ったことはないですね。

写真とは 記憶
森山大道さんの本に「犬の記憶」という本がありましたね。
自分も読んだことがあるのですが内容はもうすでに忘れてしまいました。
記憶にございません。
写真とは 記憶

写真とは 記憶
よくよく考えると写真というものは風景だったり光景だったり時間だったりを静止した画像に定着するものだと思います。
デジタルの時代だと「画像」でしょうか。
フィルムの時代だと「ネガ」だったり「プリント」だったりするのかな。
今の時代だったら明らか「画像」 と言った方がしっくりくるな。
一枚の写真って大概は撮る人がその風景だったり光景だったりを見て撮るわけだから、カメラは記憶装置とも取れますので。
考えようによったら一枚一枚の写真は記憶ともとれます。
結構無理から「記憶」というワードをこじつけてますが、なんだかんだで自分は写真について「記憶」という実感はなかなかわきませんね。

写真とは 記憶
写真と記憶についてネットでちょこちょこググってみたのですが、面白い記事がありました。
なんと自分が見たものを写真に撮ると その被写体についての記憶が薄れるという内容の記事です。
記事には
「カメラを取り出すと、自分が見ているものに注意を払わなくなり、実際にそこにいることよりも写真を撮ることの方が大切になる」
と書かれてる。

写真とは 記憶
なるほど。
こちらの「記憶」の話はとてもしっくりくる。
自分も撮ったものを忘れる傾向にあるな。
でもなんとなく覚えてはいるけども。

写真とは 記憶
そもそも自分は撮る時に被写体をよく見てないといういこともあるけども。
「後で写真で見たらええわ」っていう感じになってしまうけども。
フォトグラファーシップの高い方々だったら被写体を熟視してシャッターを切るのでしょうけど、自分はええかげんなので熟視しませんね。
「後で見たらええわ」って思うしね。

写真とは 記憶
カメラは記憶装置なのでそもそも熟視しなくてもええのだな。
立派な写真を撮りたいのであれば熟視したほうがいいのだろうな。
被写体と深く関わったということも後から言うこともできるし。
自分は被写体と深く関わりたくないな。
だからサッと撮ってその場を後にしたいし。
記憶装置だからあとから見たらええのだわ。

写真とは 記憶
だいぶ前に街でスナップしてるおじさんが、なにげに道行く人をパっと撮ったあとに、撮った人たちを睨みつけるようにじーっと見てたのを傍から見かけたことがある。
自分だったらああいう撮り方はしないな。

写真とは 記憶
知らない人を撮った後に相手をじーっと見てしまったら、トラブルのもとだし。
自分だったら絶対に目を合わせないけども。
ある意味真面目に写真をされてるおじさんだったのかもしれない。
記憶に焼き付けようとしたのかしら。
自分はおじさんから感じる妙な威圧する態度が気になったけども。

写真とは 記憶
せっかく記憶装置で記憶したのだから、後からじっくり見たらええのだわ。
さっきの「写真を撮ると記憶が薄れる?」の記事にもあったけども、写真に撮るのだからわざわざ記憶しなくても写真で残るわけだしね。
しかしの「写真を撮ると記憶が薄れる?」記事もよくよく考えたら当たり前の事書いてるというか。
急に「なにそれ」っていう気持ちになってきた。

写真とは 記憶
子供の頃に撮った家族写真なんかを見てたら昔の「記憶」を呼び覚ますとところはあると思うけども、普段自分が撮ってるような写真にやっぱり「記憶」という意識はまったくないな。
あとから無理から「記憶」というワードにこじつけることはできても。

写真とは 記憶写
さてさて、今日は先日の神戸での写真をアップしてます。
新開地での写真。
新開地に行くたびに昔、福原で写真を撮っていたら呼び込みのおばちゃんらしき人に怒られたことを思い出す。
「写真」そのものと「記憶」はリンクしませんが、訪れた場所などから昔の事を思い出すことは多々あります。
写真と記憶との関連性はあまりない。

写真とは 記憶
まだフィルムで撮影してた頃から新開地には時々行くことはありました。
確か最初に新開地に行った時に近隣を歩いていて、かの有名な福原に偶然出くわしたわけです。
名前は聞いたことあるけども、いまいち場所はわからなかったか。
せっかくだし、ついでに福原界隈を撮ってみようと思った。
今は知らないけども当時はうけっこう呼び込みのおっさん、おばはんが店の前に立ってたように記憶してます。
ちょこまか撮り歩いてたら、五十代くらいのおばはんが集まって何やら井戸端会議してるのを見かけた。
しかし何か雰囲気が違った。

写真とは 記憶
おばはんらは写真を撮り歩いてる自分をチラチラ見るので、「?」って思った。
しばらくしたらおばはんらは、それぞれその場を散ってどこかに行ってしまったが、一人ボスのような恰幅のあるおばはんがそこに残っていた。
おばはんなのに、なぜか男物の服着て靴も紳士ものの靴を履いていた。
髪型はなぜかオールバック。
風貌は藤田まことみたいな顔をしていた。

写真とは 記憶
そのおっさんみたいなおばはんが自分に向かって「兄ちゃん、公安の人か?」って聞いてきたので、「違う」と答えたら、「このへんウロウロすなよ!」と怒ってきた。
どこをウロウロしようと勝手やろって思ったけども、見るからに怪しいそのおっさんみたいなおばはんのバックに怖い人たちがいそうな雰囲気があったので、「すいません」って軽く謝ってその場を後にした。
しかし、女でありながらおっさんのような格好をしていたそのおばはんだけども、福原という場所ということもあって、なにやら公にできない仕事をしてるようにも見えた。

写真とは 記憶
腹が座ってる感じがしたし、こういう人とは関わらないほうが良いので、ちょっぴり怖くなって足早に新開地から離れた、というお粗末な過去でした。
自分はわざわざ怪しげな風俗街を撮影しにでかけることはないのだけども、時々シャッター切りながら歩いていたら、知らないうちにに風俗街で撮ってたっていうことは何度かある。
趣味で写真を撮ってる自分は危険を犯してまで写真は撮りませんよ。
怖いしね。
殴られたら痛いし。
そういう写真は他の人が撮るから、自分は当たり障りのないお散歩写真を撮りますわ。

写真とは 記憶
神戸に行ったら新開地は撮影コースなんだけども、いつもさーっと撮って長居することないな。
新開地のローソン100でコーヒーとかおやつ買ったり、神戸アートビレッジでトイレ借りたりするくらいで、新開地のことはよく知らない。
さて、昔の撮影中の思い出にふけってしまったけども、それより今週末の伊勢行きのことで頭がいっぱいだ。
赤福餅も食べたいし、コロナから回復して体調も良くなってきてることも伊勢参りで報告したいし。
鳥羽もうろつきたいし。
スクエアで夫婦岩も撮りたいし。
二見ヶ浦の海の写真も撮りたい。
そんなとこ。
多分、また明日も更新します。
多分。
ではでは、おやすみなさい。
また 明日。
コメント